「声を上げる場所がなかった」被災地から学ぶ、食物アレルギーと防災
「被災地から学ぶ食物アレルギーとみんなに優しい防災 in 石川」という講演会に行ってきました。
主催は一般社団法人LFA Japan、共催は生活協同組合コープいしかわです。

一般社団法人LFA Japan代表理事の大森さんは、息子さんの食物アレルギーをきっかけに、活動されています。
LFA Japanは、2017年に設立された非営利型の一般社団法人です。
食物アレルギーのある人への支援と、周囲の人の理解を広げることを目的に活動されています。
全国のアレルギーの会とつながりが広がったのは、2018年の西日本豪雨と北海道地震のとき、ほかの7つのアレルギー団体と一緒に、被災地へアレルギー配慮の支援物資を送ったことがきっかけだそうです。
患者さんと病院、消費者と企業、住民と自治体など、向き合う両側をつなぐ存在が必要だという考えが、活動の根っこにあります。
「食物アレルギーの為に何かを諦めないといけない社会を変えたい」という想いで、当事者の方、医療機関、食品メーカー、自治体などを繋がれています。

3年前の能登半島地震で、何があったのか
この日は、アレルギーのある当事者のご家族、地域の方、専門家のみなさんが、それぞれの立場から3年前の能登半島地震の体験をお話しされました。
- 備蓄を十分にしていなかった
- 断水が3ヶ月続いた
- 炊き出しに何が入っているのかわからず、誤食が怖くて食べられなかった
- 避難所の支援物資の中にアレルギー対応食品があっても、ほかの物資と区別されていないので、必要な人の手元に届かない
- ふだん使っている商店が閉まってしまった。道も復旧していないので、ネットショップも使えない
- アレルギー症状が出たらどうしよう
- 病院はやっているのか
- 緊急用の薬が足りなくなるのではないか
どれも、食べるものが足りないという話だけでは済まない。
被災地での具体的なエピソードを、アレルギーのあるお子さんをお持ちのお母さん2人がお話しくださいました。
とても胸を締めつけられる思いでした。
声を上げなかったんじゃない。声を上げる場所がなかった
発災のあと、アレルギー用の食品を求める声があまり聞こえてこなかったそうです。
でもそれは、お困りの方が声を上げなかったからではありません。
そもそも、声を上げる場所がなかったんです。
市や町に相談しても「対応できない」と言われてしまった。
栄養士さんや保健師さんには、情報が届いていなかった。
避難所でのアレルギーに関する情報の掲示も、あまり知られていなかったようで、課題があったそうです。
こうした経験を踏まえて、石川県栄養士会では、関係機関と話し合い、災害時にアレルギー対応食品を提供する流れを決められたそうです。
備蓄だけでは足りない、と思いました
大きな災害では、被害を減らすために、まず「自助」と「共助」で命を守り、そこに「公助」がつながることが欠かせない。
講演の中で、そうお話がありました。
日本は災害大国です。備蓄はもちろん大切です。
でも、いざ災害に巻き込まれてみると、声を上げる場所って意外にないもの。
だからこそ、食物アレルギーのコミュニティとつながっておくことが、いま私たちにできる第一歩だと思いました。
LFA Japan さんの窓口をご案内します。

アレルギー対応と聞かないとわからない、おいしさでした
講演のあとは、アレルギー配慮食品の試食会と展示会がありました。
クラシエ株式会社、希望食品株式会社、アルファフーズ株式会社、三徳屋株式会社など、いろいろな会社の商品を試食させていただきました。






長期保存ができるアレルギー配慮食品を、お土産にもたくさんいただきました。
どの商品も、アレルギーに対応していると聞かないとわからないくらい、普通においしいんです。
「アレルギー対応だけど美味しい」ではなく、「美味しい、しかもアレルギーがあっても食べられる」をどのメーカーさんも目指されていると感じました。
tontonのパンも常温で長期保存ができれば、災害時にも活用いただけるんだけど…
将来的に、パンの缶詰にするとか、ロングライフパンを開発するとか、そんなことができたらいいなぁなんて漠然と考えています。
今後の課題ですね(^_^;)
